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ジ・エンド

グッバイマイ ダーリン
これが最後さ ああ 素晴らしき人生!

さらば僕の青春の光
さらば僕らの美しい日々
さらば僕らの美しい日々

ジ・エンド

バイバイ マイ スイート マリアンヌ



ジ・エンド/毛皮のマリーズ




何か怖いものがあるとき、それに恐怖心を抱くのはそれが正体不明であるから。

というのが、俺の座右の銘です。

とある小説で登場人物が大きな含蓄を込めて言った訳ではなく雑談のひとつとしてさりげなく言ったことなんだけど、自分にとって鬱トンネルを抜け出す突破口になった。

例えば夜の廃墟の暗闇の中から得体の知れない恐怖や不気味さを感じたりする。おばけが潜んでるかもしれない、急に何かが飛び出てくるかもしれない。コワイ。

だけど明るくなって全貌が見えてしまえばなんてことはなかったりもする。

正体が明らかになってしまえば怖がってたものも意外と可愛いもんだったりする。

将来に不安を抱くのは明確な未来のヴィジョンが見えていないから。

抱えてる問題が一体何でどんな対処法で解決するか、手順を踏んでこなしていけば案外楽に乗り越えられたりする。

不安感や恐怖心の正体を明らかにして名前を付けて分析してしまえばいくらか楽なんだと思った。

具体的に自分のことを話すと、鬱の時に自分を苦しめてたものが何かハッキリさせてそいつと向き合うということをしたら大分マシになった。

まあそれはさておき、だからお化け屋敷とかそういうのは本質的に恐怖を駆り立てるものではないと思うんです。人が作ってやってるということを知っているから。びっくりさせて楽しませるエンターテインメントのようなもの。

そのタイプの得体の知れない恐怖って、多分このアパートのこの部屋で人が死んだとか、有名な心霊スポットとかそういう曰くがある場所で初めて感じれる。得体の知れない何かが起こってしまいそうな気がしてくるから。

そういうことへの好奇心があることを「精神的にドM」と呼んでるんだけどまさしく自分がそうで。だから廃墟とか心霊スポットとかによく足を運んでしまう。

非日常、非現実的なものへの憧れ。ファンタジーや作り話の世界に少しでも近づいてみたいっていう気持ちの表れなんだと思う。そういう場所に行くと少なからずそういう気を味わえそうだから。

寝ている時に見る夢を見たり、妄想で話を作ったりする時のあの少し現実から離れた感覚が好き。
それだけリアルが充実してないってことなのかもしれないけど…。

まあそんな感じです、話のオチはとくにありません。
おやすみ!
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迷路ゲーム

軽薄なパーティーに出掛けようぜ
何も考えなくていいように
しかも 裸足のままで行こう yeah 無防備で

結局僕なんかも都会育ちで
ピコピコメールゲームにはもう 飽きた
誰か守ってくださいこの僕を yeah 無防備な



迷路ゲーム/くるり




高校1年だか2年の時にファイナルファンタジー9をやった。

そうじゃなくても元から興味があったんだけど、いつもいつもツイッターでそのキャラのことばかり言ってる部活の先輩がいて、FFやってみようかな みたいな事を言ったらどれがオススメだとか教えてくれたのを覚えている。

特別深い関わりがあった訳ではないんだけれど、おれはその先輩をとても尊敬していた。

絵は上手いし演技は上手いし色んな事を考えていそう、それでいて謙虚な人だった。
自分の評価が低くて、自分を殺して人を立てるような人だった ような気がする。

この人には一生かなわないなってなんとなく思ってた。

小学中学と先輩らしい先輩と出会っていなかったけど高校の部活の先輩方はすごい人たちだったと思う。なんとなく。

本当になんとなくなんなけど1年経って同じ歳になってもその時の先輩のようになれないなって。
未だに高校2年生のあの人たちに追いついている気がしない。

ともあれそんな先輩がどんなものを糧に生きているのか興味があった。

FF9をクリアし終えた五十嵐少年は、その哲学的なテーマやロマンチックな世界観に圧倒され、とても心打たれた。

「すごく感動した!」「素敵なお話だった!」

誰がどう在ってどう成っていったのかとかよくわからないまま、馬鹿なりに感動した。

これまで知っていたアニメや漫画や特撮とかと一味違う作品だということはなんとなくわかった。

そしてそのよくわからないままで、自分の中でとても素晴らしい作品という位置付けをして時間と共に細かい所をちょっとずつ忘れてった。




ふと思い立ってもう一度やってみようと押し入れの中から取り出した。
ここ3日くらいかけて、40時間くらいかけてエンディングを見た。

ここがこうでこういうところが良かった~とかこのシーンで泣いたとかそういうことをここに書くのはあんまり趣味のいいことじゃないだろうから何も書かないけどやっぱりいい作品だった。

プレイ済みの人とそういうのを語り合ってみたい、、




こうやってゲームをしたり働いたり人と関わったり何か考えたりしながら僕たちは生きてるけど、それは長い時間をかけて人類が作り上げた文明があってこその話だ。

存在の理由なんてものや、神様じみた何かの意思なんてものはなくて、ただ自然の中で発生したサルが進化しただけ。

僕たちがいつからか持っている感情や作り上げたルールというのはあくまで人間同士での基準であって、宇宙全体がこうあるべきだとかそういうのはない。

世界が存在する理由なんて「なんかそこに物質と時間と空間があって、なるようになったら今みたいになった」って感じだと思う。

だから自分は何者で何のために生きるのかとか、そういうのに答えとかはないのかもしれない。

でもあるべくしてあったものでないのに人間個々がそれぞれ色んな思いを持って、ひとつひとつはちっぽけなものだけど集まってこの人間世界ができたことってすっげえことだなって。

万物は本質的に理由のないものだけど人間は頭がいいからそこに理由や目的を作れる。

物語や音楽を作って、作り物の世界に思いを馳せたりできる。

仮に本質となる目的や理由があったとして、それを何も知らなくてもいいじゃないか。
何も知らない間に誰かの掌の上で踊らされていたって自我を持って色々できるんだから勝ちだよ。

本人がそれでいいならそれで大正解だよ。
例えこの世界自体が夢や妄想の産物だったとしても。

なんだか上手く言えないんだけど、そう思ったら全ての人間が尊く思えてきた。

人類愛のようなものの片鱗を感じた。

おれはファイナルファンタジー9を改めてプレイして、そんなことを空想した。

晩年

全ての時が止まった春の夕暮れに
悲しいくらい僕と似合わない世界に
もう二度と帰れない帰らない帰りたくもない
だって僕らは大人なんだから

夢のまた夢だろうが知ったこっちゃない
それが正しくなくてももうどうだっていいよ
ただ僕らは何かとんでもない事がしてみたい
そしてその罪を償い続けたい



晩年/毛皮のマリーズ




今日は少し長いけど軸っていうよくわからないものについて書こうと思う。

統合失調のリハビリとして、自分が普段考えていることとかを文章として残したい気持ちが出てきた。

これからはこのブログの成れの果てのような場所を更新する頻度が増えると思う。




周りが馬鹿に見えるのは 周りが馬鹿だから。
馬鹿に構ってやることはない。そういうことにしてこれまで生きてきた。

底が知れるような無粋な一面に気が付いたり、考えの浅はかさが浮き出ているところを見ると 「ああこの人は何を言っても無駄なんだな」「終わってるな こいつ」ってザコ扱いをして少し距離をとる。

何も言わずに。言えずに。

これまで俺は、気付かない間に抱えていた統合失調のせいでなんとなくにモヤモヤとしたそれを言葉に出来なかった。

恥ずかしい話、思考をすぐにまとめて言葉にするという事が出来なかったんだよ。
ただ「分かり合えない。」「こいつは馬鹿だ。」
一度そう思うと、目を逸らして、関わることを避けてきた。
一歩下がった場所から人を見下してきた。

これからもその方針は基本的に変わらないと思うのだけど、これまでは、その何も言えない状態をいいことにずけずけと、馬鹿に言いたい放題言われるがままだったんだよ。

馬鹿の主張を否定する考えは確かにあるんだけど、この乏しいボキャブラリーと自己嫌悪精神のせいで何も言えなかった。

漠然としたそれを言葉にしてやれなかった。

この自己嫌悪精神というのは人の信じる正しさを否定してまで自分の正しさを押し通すことを遠慮させてしまうんだ。

自分を殺して誰かを気持ちよくさせていることに、誰も気付いてくれない。

気付いてくれないどころかザコ扱いされている。
さながら承認欲のオナホのようだった。
四方八方から僕に向かってくる他者の自尊心を満たすための一方的な矢印。
無防備な僕はそれを全部被弾させられてボロボロになった。

自分を守ってやれなかった。

ずっと尊厳を踏みにじられている気分だった。それに慣れてしまってもいた。
自分を尊重してあげられない、愛してやれない、そんな自分を嫌った。

「こんなに僕が不甲斐ないせいで そんな思いをさせてしまってごめんね。僕は本当にダメなヤツだなあ。」




それも全て自分に軸がなかったから。
これまで軸というのは持ってないとブレブレになってしまうもので、自分はそれを持っていないから不安定なんだ と漠然と認識していた。

「軸」の正体を掴むのはとても難しい。0の状態から20年以上かかった。

自分が持っていないことだけは知っていた。欲しくてたまらなかったけど、それがどんなものなのか分からなかった。

軸についてその正体を研究したり、手に入れようとあれこれやってみたこともたくさんあった。
ずっと答えを探していた。

「何かになりたいと思う強い気持ち」「何かが好きだという強い気持ち」「大事にしてきた人や思い出の過去」
どれもそれになり得そうな素晴らしいサムシングではあるけど、どれも違った。僕の軸として添えることは出来なかった。




俺はこれまでアニメやゲームをよく嗜む人ではあったけど「オタク」ではなかった。

ツイッターやニコニコ動画によくいるスラングを多用したり、ただその作品を見て「◯◯が可愛い」とか、「◯◯とても感動した」とかそういうレベルでコミュニティを形成するオタクと呼ばれている人たちと変わりはなかった。
っていうかそうだった。

作品に触れてその哲学を自分の生き方の中に取り入れたり、どうしてこんな面白いものが作れるのか考えて分析したり、伏線ひとつひとつを紐解いて細部の演出にどんな意味があるのかとかそういう所にアンテナを立てる、といったことを怠っていた。

というより ここ最近でそれができるようになった。
もっと早い段階でそうなっていたかったと心から思うのだけど…。

作品を語るためとか人と話を合わせるためとか自分のアイデンティティを作るためとかそういう目的じゃなくて、純粋にそうやって作品を鑑賞することの面白さに気がつくことが出来た。

そしてやっと自分はオタクになったんだと思う。
そうなるきっかけは本が読めるようになったことにある。

これまで本に関していい思いをしたことは殆どなかった。

初めて小説を一冊読んだのは小学校低学年の時で、ゲームをやりすぎたペナルティとして父親に読まされた、江戸川乱歩の「怪人二十面相」だった。

まだ子供だったし全く興味がなくて 更に罰として読まされたということもあって、読んでも読んでもページが進まないのが苦痛でたまらなかった。
ぶっちゃけ面白くなかった。江戸川ちんぽかよと思った。

読み終えた時はこの文字ばっかりの分厚い紙束に全部目を通した達成感は多少あったけど、内容で心が動いたとかそういうのは全くなくて父親にゲームを返してもらえることばかり気にしていた。

これが本へのファーストインプレッションとなって、これから先 本を好んで読むことは無いんだろうなと子供ながらに思った。

まあ 小学校高学年になると流行りの「デルトラクエスト」だとか「ドラゴンスレイヤーアカデミー」とか図書室にあったその辺りを読んでいたけど、あれらの書物は漫画を読んでいるのとさほど変わりないものだと思う。
小学生の自分に読んで考える力がなかっただけなのかもしれないが…。

信じられないような話、そんな僕は高校2年、3年の間ずっと図書委員だった。
結果から言うと本なんて一冊も読まなかったんだけど。

たまに哲学の本だとかそういうのを借りて頭のいいヤツの振りをしてみたりもした。
今の僕のバイブルであるところの某作家が手掛けた小説を借りたこともあった。

けれど、どれも数ページ読むだけですぐにポイしてしまった。
集中力が続かないのだ。その上、本に対して堅苦しい先入観があったからか書いてあることにいちいち屁理屈をつけたくなって読んでいられなかった。

あと当時流行っていたラノベを読んでいる連中の中に、尊敬に値するようなすごいヤツが一人もいなかったから 本って大したことねえんだなと思っていたよ。
今となっては我慢してもっと読み進めていればと思うんだけどね…。

そんな僕でも図書委員の仕事は結構真面目にこなしていた。
というのも放課後の静かな図書室という空間が好きだったからだ。

窓から差し込む夕方の光が図書室全体を照らし出す様を眺めたり、かすかに聞こえる運動部の掛け声だとか 吹奏楽部の練習の音とかをきいてセンチメンタルな気分になっていたんだと思う。
それに司書のおばあちゃん先生がよくチロルチョコをくれた。

本を読む人と関わる中でなんとなく、本を読むと心が豊かになる、人間として成長するってことは知っていたんだけれどそれができなかった。

去年、ひょんなことから本を読み始めた。

スマホの充電がすぐに切れるようになった。
外出先で暇な時にいじったりできないくらいにバッテリーが劣化した。
同時に去年から東京暮らしで 電車で移動する生活の1年目の中で乗車中、何か暇潰しをするものが欲しかった。
なんとなくスマホをいじるのってカッコ悪いと思っている。
それこそ人といる時に意味もなくいじったりとかそういう人は嫌だし、ゲームのハードがスマートフォンに移行していくこの現状がものすごく気に食わないからソシャゲもやったことがない。

本というのはそんな自分にとって電車で時間を潰すのに最適だった。

最初は我慢して読むつもりで好きなバンドの一冊丸々インタビューの本を買った。

そしたらそれが面白くって、本当に面白くって、自分がまさしく聞きたかった話とか、生きていく上で自分の中に取り入れるべきこととかがたくさん書いてあって、おったまげた。

それから本が読めるようになった。

だいぶ話が逸れたけどそう、何が言いたかったかというと、 本の中にいろいろ書いてあって、刺激を受けて以前より考えることができる人になってきたと思う。

結果、オタクになった。




そろそろ軸の話に戻そう…。

そんなこんなでオタクの目でいろんな作品に触れる中でいつの間にか、ようやく軸の正体が見えてきた。

それは どんな事があっても自分の心の中心を支えている柱である。
何か揺らぐようなことがあった時に軸としているものに答えを問うと不思議と体勢を立て直すことができる。

それは ある種の判断基準である。自分の正しさの根源。一度設定すると簡単には変えられないものだけど、それを設定するに至るまで相当考えて建てることができたのなら大丈夫。
迷った時に軸の根っこを見てみると明確な判断を下してくれるはず。

それは人生経験の中で少しずつ傷付いたり 治ったりしながら形を変えていくものでも全然いい、っていうか多分そうなんだと思う。

と、いうのが最近思い至った軸についての考察だ。

とても抽象的な話をしたけど具体的で簡単な言葉で言えば「いつだって信じられる自分の哲学、正義」みたいなものだと思う。

僕は物語をひとつ作ってそれを自分の軸にする事に決めた。

それも前回書いたような内容に少し脚色を加えたものなんだけど。

これまで俺は自分をないがしろにしすぎた。
自分を嫌うもう1人の自分を作り上げてしまったのだけど、そうやって自分を追い込むのはもう辞めにする。

そういうところも含めて自分を愛してあげることに決めた。

これはそういうお話です・・・。

精神分裂病

バトルクライ




それが僕の生きていく理由
何かを賭して 手にするもの
傷つきながらしがみついて
離せないそれだけのもの

ここが僕のいるべき戦場
覚悟の価値を決める場所
ひとつのウソにさえすがる僕に
捧げよう shout a battlecry




バトルクライ/BUMP OF CHIKEN









自分を嫌いになりすぎている。

これまで人にかけた迷惑、かけている迷惑、負わせてしまった傷のことを思うと死んでお詫びがしたい。

こんな自分をまだ見捨てないでくれる 大事な人たちのために死にたい。
死んで役に立ちたい。






いつだか 頭の中でひっそりと生まれた自己嫌悪精神、またはその人格、名前を付けるならダーク五十嵐がいつもそんなことを言っている。

良くも悪くも僕は恵まれていた。
身を案じてくれて 資金面でも何不自由なく生きていけるようサポートしてくれる立派な家族がいてくれる。
遠く離れても大事に思ってくれて 励ましてくれる友達とも出会えた。
そこそこ悪くない顔に産んでもらえたおかげで 女の子にモテたり、周囲から優遇してもらえる場面も多々あった。

自分は何もしていないのに、それに見合った対価を払わず幸せになりすぎてしまった。
幸せな目に遭いすぎてしまった。

だから、さながらジェイムズにとってのレッドピラミッドシング、阿良々木暦にとっての忍野扇のように 自分を罰してくれる存在が必要だった。

こんなに自分の愚かさをわきまえて悔やんでいるから、どうか許してほしい。
こんなに苦しい思いをしているから、どうか許して欲しい。
そんな深層心理がダーク五十嵐を生んだ。

ずっと大人しく、その身を潜めてくれていたのだけど 本格的に僕の体を乗っ取り始めたのはここ半年ほどのことだと思う。
それからというものおかげ様でひどい鬱状態が続いている。

今 ようやくこれまで自分の首を締めていた者の正体に気が付くことができた。
得体の知れないものが怖いのはそれが正体不明だから。
将来が怖くて不安なのは明確なヴィジョンが見えていないからなんだ。

あとはジェイムズや阿良々木暦がそうしたように、ダーク五十嵐との戦いに決着をつけよう。

これまで同じく道を歩んできた親友として愛し、これまで自分を苦しめてきた宿敵として対立し、今こそ 一体化をする時だ。

幸せなことに後ろめたさなんてないんだよ。
卑屈になったっていい事なんて何も無い。
お前は間違ってる。だからって間違ったことを悔やんで更に間違いを積み重ねるな。
生き恥だって間違いだって全部俺が受け止めてやるから。
これからも俺として一緒に生きよう。

この精神分裂型統合失調症を終わらせる時だ。



ガロン

真っ黒な 冷たい海で
真っ黒な石油のような海で
僕らは 旅を 続けています
真っ黒な冷たい海で
まるで 石油のような海で
僕らは眠くなってきました
気温はどんどん上がり死の水平線は花畑に
点描画は風景に 世界は 新世界に
燃やし損ねた石油をどこへ放つ
僕の思いはどこで燃え尽きた
電波は どこで途切れた
風の丘に旗を立てるので精一杯さ
眠らないで お願い

ガロン/くるり


今、これまで生きてきた中で1番苦しいとこにいます。
地の底とか闇の中とかそういう類の言葉の意味がやっとわかったような。
出口がなくて、脱出しようとする力も気持ちも出てこない。
自殺ってこういう時にこういう人がしてしまうんだな なんて。
それでも優しくしてくれる友達がいて、助けられて
なんとか 良くなろうって思わせてくれて、
いばちゃんは東京の空気より福島の空気吸ってた方がいいって、一回帰った方がいいって帰させてくれた。
やっぱり地元の空気は肌に合って 好きな場所に行ったり空見たりして
東京にいるよりずっと ずっといいよ。
はやく戻ってきたい。
あっちで辛いこととか悲しいこととか特に何かあったとかじゃなくて、
酷い目にあったこともあったけど、これが原因っていうことではなくて
生活でのいろんな出来事の重なりの中で
もともとへなへなだった芯がぽっきり折れてしまったみたいです。
鬱とか統合失調症とかそういうのだと思う。
よく知ってる人以外の人が怖くて喋れなくなってしまう。
自分の思ってることとか全部間違ってるように感じて、頭が真っ白になってしまう。
気が付いたら うん、そうだね。ってそれしか言えなくなってる。
それに対して申し訳なくなってまた頭がパニックになってあたふたしてしまったり。
傍から見れば、傍から見なくても頭のいかれた人になってしまった。
人間こうなってしまったらどうすればいいのでしょう。
自分が今どうなってるのかさえ上手く言えないのに。
どうやって助かればいいんだ。
神経過敏になっていて押されて押し返す力が出ない。
押されたら潰れてしまう。
自分だけ止まって周りの時間も人も前に進んでいってる。
もともとなんの力もない人間が自分の無力に気が付いて生きがることさえできなくなった。
社会復帰 できるのでしょうか。
自己紹介

いばらし

Author:いばらし
底辺系男子です。
(。・ ω<)ゞ

自称多趣味。



太鼓の達人
やってました。

↓そのままにしておく


ドンだーひろば

いばらし

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